2020年07月14日
バカンス・13
男は見るからにカタギの風体では無かった。
祭でもないのに、藍色の甚平を羽織り、足元には雪駄。
短めのズボンの裾からは、ご丁寧に刺青が覗く。
それでも、物腰は穏やかで、顔も、悪くない。
ふいにイツキは松田の事を思い出し、思い出した事に少し驚いた。
「一人?観光?どこ泊まってんの?」
男はイツキの背中側の、奥の席に座っていたらしい。
イツキが二杯目の酒に口を付けたあたりで声を掛け、自分の飲みかけのグラスを持ったまま、イツキの向かいの席に腰を下ろす。
イツキは男をチラリと見て、……気付かれないほどの小さな溜息をつく。
……うっかり、気を抜き過ぎると……、すぐにこんな手合いに、目を付けられる。
「…それ、何?純米酒の方? ここ、にごり酒も美味しいよ」
「……俺、もう、帰りますから」
「まだ早いでしょ。ああ、じゃあさ……」
男はグラスに口を付けながら、顔をイツキに近づける。……今すぐ席を立って店を出てしまえば良いのだが…、……イツキのグラスはまだ半分以上残っている。
「…もっと良いトコ、行かない?……裏手にさ、……あるんだよね、……いい場所」
あえて言葉を濁しながら男はそう言い、両手を胸の前にやり、丸を描くように誇張する。
それで、イツキは、
男がイツキを、女性がいる場所に案内しようとしているのだと、気付く。
気付くとイツキは、どうにも可笑しくなり、くすくすと笑い出してしまった。
「……え?ナニ?……行く気になった?」
「いえ、……俺、そんな誘いを受けたの初めてで…、ビックリしちゃって…」
「へえ!丁度いいじゃん。……ここだけの話、生でヤらせてくれるよ?……お兄ちゃん可愛いから、サービスして……」
「いえいえ。俺、そう言うのは……」
「するより、される方?」
さらりと聞かれて、曖昧に笑う内に、……否定するのが遅れてしまう。
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むしろ才能かと・笑