2020年12月18日
特別な日・4
定時になるとイツキはミカに頭を下げ、そそくさと売り場を離れる。
クルー詰め所に入り、周りに人がいないことを確認してから
黒川に電話を掛ける。
いつも言葉の足りない黒川の連絡。誤解や取り違いは良くある事だった。
「……マサヤ。……何、あのメール?」
『ああ、すまんな。……少々、借りのある奴で、どうにも断れない。
…なに、ちょっと一緒に飯でも食って……あとは適当に………』
誤解では無いらしい。
「……適当にって…、……ヤらなきゃなの?……」
『まあ、軽く……遊んでやってくれ……』
「…俺、今日は……、そんな気分じゃないんだけど…」
『イツキ…』
小さな物音がする。誰か他の人が着替えにやって来たようだ。
イツキは声を潜める、ケータイを耳に押し当て、ロッカーの陰に身を隠す。
「…ねえ、…マサヤ……俺…」
『いいから、行け。そういう時もある。…石鹸屋だ、何だとお前のワガママも聞いてやってるだろう。
…時間は守れよ、お前の「仕事」だ、いいな!』
一方的に捲し立て、黒川の電話は切れてしまった。
こんな横柄な命令など、聞いてやるものかと、頭では思うのだけど
従順な所有物としての生き方が、深く身体の芯にまで染みついているイツキは
そうそう、黒川には逆らえない。
鼻水を啜りながら、制服のジャケットを脱ぎ、服を着替える。
詰め所を出る時にマネージャーの茗荷谷とすれ違う。
「お先に失礼します」と声を絞り出し
イツキは顔を見られないように、下ばかりを向いて立ち去った。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188231123
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188231123
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
可哀想ですね…(T^T)
不本意だとは思いますけど。