2021年05月14日

深淵・3








『勝手にすればいいだろう』


と、黒川は言いかけて、口を噤む。
いつもなら確かにそう言っていた。けれど、今は何故か
そう突き放してしまうと、本当に勝手にされてしまうのではないかという
危惧があった。

黒川は手元の日本酒を、くっと煽る。
イツキ相手に言葉を選ぶなどと、あまり無いことだった。
それでも急に、優しい言葉をかけてやることなど、出来ない。
意地なのかプライドなのか、単に、経験不足なのか。


「……馬鹿を言え。……くだらん…」
「………ふふふ。……ちょっと思っただけだよ…」


イツキの方は軽く笑い、黒川には何の期待もしていないという風で
黒川と自分のグラスに、酒を注ぎだす。
立ち上がり、キッチンに向かい、冷蔵庫から小さなチョコを取って来る。
「…ポカリ、切らしちゃったな…。絶対、喉…乾く……」などと言いながら
また普通に、黒川の隣りに座る。


「……マサヤは?……最近、何か、ないの?」
「………ない。仕事で忙しい」
「………ふぅん?」


イツキはチョコの包みを解き、一粒、口に放る。
黒川を横目でちらりと伺う。

その表情が少し気に障る。

腹を立て、意地の悪い事を言うなどまるで子供じみていると
黒川にも解っているのだが
それを言えばイツキが、困り、自分に泣きつくのではないかと
そんな期待もあった。




「お前、男と遊ぶヒマがあるなら、俺の仕事を手伝えよ。
……ヤル事は一緒だろう」





posted by 白黒ぼたん at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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