2021年05月25日
上の空
「……振り込みの確認は取れています。後は西崎さんが動くの待ちですね…。ああ、流血は無しの方向で。
…手打ちになったら大久保の地主と一席設けることになっています。…後は……」
事務所で黒川は、一ノ宮からの事務的な連絡を上の空で聞いていた。
一応、ああ、と返事はする。しかし、内容はまったく頭に入っていない。
朝。
目を覚ますと、狭い巣箱で寝ていたのは黒川一人だった。
朝と言っても、もう昼に近い時間。イツキは仕事に行ったらしい。
キッチンにはいびつな目玉焼きと少し焦げたベーコンが残されていて
………それを見て、少し安堵する自分に、黒川は驚き、呆れる。
あまり意識しないようにしていたのだが、やはり
イツキと一緒の時間を過ごすと、妙に、感情を揺さぶられる。それは、もう、解っている。
今更、好きだの嫌いだの、そんな感情は何の足しにもならないと割り切っているつもりでも
引っ掛かり、自分ではどうにもならないのが、この手のモノで。
「……横浜から、応援が欲しいと電話がありましたよ。……慶徳飯店と揉めていると。
……上が出て来ると厄介ですね。とりあえず明日、私が行こうかと………」
イツキがオカシイのは、なんとなく解った。
けれど理由も解らなければ、それを気にかける周囲も…自分も含め…、納得が行かない。
元来、他人にアレコレ気を揉むのは性に合わない。あまりにこじれると
感情は、怒りにも似たものに変わる。
俺の気を患わせるな、と。
「……仲介役は、関内の荘大夫で良いですかね…、……社長、………雅也?」
「………あ、ああ」
強い語気で一ノ宮に呼ばれ、黒川は慌てて返事をする。
始終、上の空の黒川は、一つ大切な事を忘れていた。
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