2021年10月20日

顔馴染み









一応、イツキは
黒川の事務所にはあまり立ち寄るなと言われている。

あまり素行のよろしくない人種がいる場合もあるし
イツキ自身、何度か嫌な目にも遭っているし。

それでも、待ち合わせだの荷物を取りに来いだの、何だかんだと用事が出来る。
用事が無くともそもそも、最寄りえきから自宅マンションまでの途中にあるのだ。
どうしたって、近寄らざるを得なかった。






「……お。イツキじゃねぇか」


まだ昼の明るい時間だったので、そう警戒はしていなかった。
事務所前の道路に停められた、車。
後部座席のウィンドが下り、顔馴染みのヤクザに声を掛けられる。

気付かないフリをして通り過ぎれば良かったと、顔を合わせてから、思った。
見知っているのは顔だけではなく、身体も、なのだ。
イツキは曖昧な笑みを浮かべて、軽く、頭を下げる。



「久しぶりだな。最近、全然、ご無沙汰だよなぁ」
「……そうですね」
「たまには付き合えよ。飯、だけでも良いからよ」



男はニヤニヤと笑い、窓から手を出し、チョイチョイと手招きをする。
もう、そんな誘いに乗ることもないが、突然腕を引かれ、車に連れ込まれても困る。



「……マサヤに言って下さい。もう、行かないと思うけど…」
「…黒川の許しがあれば良いんだな?」
「……許しは、出ないと…思います」
「……んー?」



微妙な間合いに、男は可笑しそうに口の端を吊り上げ
イツキは、もう一度頭を下げ、さよならと足早にその場を立ち去った。





幸い、今日のところは


車がイツキの後を付けて来ることは、無かった。














posted by 白黒ぼたん at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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