2023年10月31日

休暇・6








「……風呂でも入るか」


急にそう言い出したのは黒川だった。
……さすがに自分が下手な事を言ったと自覚したらしい。
イツキも押し黙り静かになった場を、どうにか変えようと思ったのだろうか。


「あまり飲んでからでもアレだしな。…内風呂でも広い…、ここの売りだからな……」
「…おれ、入んない…」
「……ハァ?……風呂に行きたいと行ったのはお前だろう?」


イツキはナッツ盛り合わせの皿にフォークを突き刺しながら、少し不貞腐れたように、言う。
望む言葉を黒川がくれる筈も無いことは解っているのに、やはり本当に、無いと知るのは寂しいもので。


「無理。お尻、痛いもん。昨日のマサヤのせいで……」
「………俺のせいかよ」
「そうだよ。……マサヤが………」



言いかけて、口を噤んで、イツキは……ふんと鼻で息を付いて、酒を煽った。
言いたいことも言わせたい事も、色々とあるのだけど、それをするのはまだ、今では無いような気がする。

言葉の代わりに、空になったグラスを前に差し出すと
黒川は黙ったまま、そのグラスに酒を注ぐ。







その姿はまるで
主人に忠誠を誓う僕のようだったが

それには誰も気が付いてはいない。






posted by 白黒ぼたん at 00:31 | TrackBack(0) | 日記
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/190632061
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック